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大腸がん手術後の強烈な下肢のむくみ 
− 邪専用ていしんで臀部へのアプローチ

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2018年5月20日

大腸がん手術後の強烈な下肢のむくみ
 
− 邪専用ていしんで臀部へのアプローチ

発表:二木清文


1. タイトル

  「大腸がん手術後の強烈な下肢のむくみ − 邪専用ていしんで臀部へのアプローチ」


2. 結果について

 現在も治療継続中、非常に良好な経過


3. 診察について


  3.1 初診時について

 患者は現在76歳、男性、無職。初診は本年2月下旬で、鶴留先生のところへ通院していた患者さんが産休中のつなぎに来院されて話をしていたところ、紹介したい男性患者がいるということで明くる日に来院。5年前に大腸がんの手術を受けて、その後の放射線と抗がん剤投与が大量すぎて足がものすごくむくんでしまい、歩きづらそうにしているのでなんとかなるものならというのが紹介者からの話でした。


  3.2 主訴

 訴えとしては両下肢の強烈なむくみ、しびれ、これに伴う歩行困難。手術後の放射線と抗がん剤について、途中から下肢が強烈にむくんできたので中止をしてほしいと申し出たのだが、病院は再発してはいけないと予定のクールを強引に行ったという。医者からは「命拾いしたのだからこれくらいは我慢しなさい」と言われたものの、それでは足のむくみが解消する地利用を今度はしてほしいと要望したのにそれは何もないといわれ、ただ定期検診に通院してもむなしい日々だったとのこと。  両下肢全体が指先まで強烈にむくんでおり、常に重だるく土踏まずがないのでバランスが取りにくく力も入らないので非常に歩きづらい。また強烈なしびれから感覚がほとんどなく、これも歩行を困難にしている。


  3.3 その他の愁訴

 大きな肥満体でありも元々飲酒はせず、甘党であることから痩せることができない。会社員を定年退職してから重機の運転免許があるので地域の便利屋をしていたものの、足の自由がきかなくなってしまい開店休業になっていることを悔しく思っている。癌の再発はなく、血圧などは安定している。


  3.4 四診法

 望診と聞診は肥満体で迫力ある声をしているが、一方でなんとか症状から救って欲しいと丁寧な言葉遣いをしており、精神的にめいっていることがうかがえる。問診では定期検診により大腸癌が見つかり、すぐ入院して手術を受けるようにいわれてその通りにしたまでは医者を信じていたのだが、両下肢のひどいむくみが始まって抗がん剤治療を中止して欲しいと申し出たのにそのまま続行されてからは恨むようになっている。食欲とトイレは普通だが、夜は何度も目が覚めてしまう。奥さんは健在だが子供がいないので、年を取って寂しくなってきている。  腹診は全体的に堅く、心窩部が突き上げられていた。脈診は予想に反して沈んでおり、やや数。少し渋っており、胃の気は低い位置にだけ感じられる。脈診だけでは肝実とは判断できなかった。


4. 考察と診断

  4.1 西洋医学や一般的医療からの情報

 5年前の処置といいながらも毛髪は年齢の割に多く、しっかりした太さもあるので抗がん剤で抜け落ちなかったかと尋ねても大丈夫だったということから、この下肢のむくみは放射線照射によりリンパ節が焼き切られてしまったものではないかと推測しました。人工肛門もなく手術跡は左大横の下側であることから大腸癌が発生していたのはs状結腸であり、深い部分への放射線照射によって周囲の組織を一緒に焼き切ることが西洋医学的な処置だったのでしょう。放射線照射による副作用をどの程度まで予測し対処するつもりだったのかがこちらではわかりかねますが、患者の申し出を無視していたということは副作用も無視していたとしか思えません。これはご意見を伺いたいところです。


  4.2 漢方はり治療としての考察

 これだけ大きなむくみが長期間発生しているということは津液の停滞だけでなく、悪血もしっかり蓄積しているのであり、自発痛こそありませんが歩行時の強い痛みもあることから邪気論で肝実証はまず間違いないだろうということが脈診をする前から想像できていました。外観が強面の割に丁寧な応対というのは肝の意思決定をする勢いが弱まっているのでもあり、これも悪血によるものだと思われます。ところが脈診をすると左感情はむしろ弱々しい感じであり、強いしびれということで生気論からの方がいいかもしれないと一瞬は迷いました。  肝実の脈状は菽法が途切れないことが特徴で、決して指を突き上げてくる強いものばかりではなく弱々しいことも珍しくないのですが、風貌とのギャップが激しいのであっさり時邪を応用した切り分けツールを使ってみました。初の季の時期であり、大敦と竅陰を交互に泄按したところ大敦の方が落ち着き沈脈となったことから、陰経から邪気論を優先的に考えることにしました。そして予測通り男性ですから左の腎経の復溜を営気の軽擦で脈状がさらに落ち着き、続いて左の陽池を営気の警察を行うことで左関上の弱々しかったも逃すっきりと穴が抜けたような感じとなりやはり肝実の脈だったことを確認しました。以上から難経七十五難型の肺虚肝実証で治療することを決定しました。


5. 治療経過

  5.1 初診時の治療

 選穴としては陰谷も考えて触診しましたが、復溜の方が遙かに脈状が動いたので左復溜、左陽池へ営気の手法。続いて両方の側頸部へ邪専用ていしんで細かな邪を払い、そのまま半時間近く休んでもらいます。「にき鍼灸院」では必ず、本治法の後には半時間近くそのまま休んでもらうのですけど、これは古典に経絡は一日に五十周するとあちこちに書いてあることから一周は約半時間であり、細脈や孫脈まで経絡の調整を行き渡らせるためです。患者さんは自然治癒力がさらに高まりますし、治療者は次のベッドでの治療に取りかかることができ、元のベッドへ戻ってくるまで患者さんは気持ちよくなり眠ってしまうことがほとんどで、治療側は自然治癒力が高まっていることで余計な手数が省け同時にリスクも低減できるという、お互いのためのシステムになっています。  標治法は側臥位で腰部に数本衛気の手法を行い、ゾーン処置をしてから腰部と臀部にも邪専用ていしんを少し行いました。リンパ節が焼き切られているために体液が下肢から体幹へ戻ってこられないのであり、別ルートの循環を身体へ覚えさせるためには力業ではありますが臀部の硬結を強引に緩めてやることが効果的だと推測されるので、邪専用ていしんで臀筋へのアプローチを行いました。背部へのローラー鍼と円鍼の後、仰臥位でナソ・ムノを行い、最後に腹部へ散鍼をして初回の治療を終えました。


  5.2 患者への説明

 医者から「命があったのでこれで我慢しなさい」と言い渡されたのは、西洋医学的にはオペレーションというレベルなので仕方がないと思われるが、東洋医学はバイパスを身体へ覚え込ませることができるので強烈なむくみについては回復ができるだろうと説明しました。しかし、かなり放射線照射がされていることと年齢的なことから走り回れるほどまでに回復できるかといえばそこはやってみないとわからないのであり、普通に歩けるまでに二ヶ月半は最低必要だとしました。この二ヶ月半というのはゴールデンウィークになることを意味していて、目標を持ちやすいために長めに設定したもので臨床ではカレンダーのわかりやすい位置への目標設定をすることが多いです。それから「普通に歩ける」とは、現在のできるだけ壁などを持って歩いている状態から自力歩行ができることを意味していて、しびれは取れていないことも説明しています。  また、それほど遠方ではないものの高齢者の運転であることと治療回数に結果が比例しないはずなので、最初から週に一度ずつの治療の方が長持ちするとも説明しました。


  5.3 継続治療の状況

 二度目は一週間後、初回の明くる日は息もしづらいほどの「めんげん反応」が出たということだが、二日目から普通に起き上がれたので逆に治療への希望を感じたとのこと。まだ足の状態に変化は出ていない。三度目も一週間後、今度は「めんげん反応」も出ず、少し靴下の跡が見えるようになった。臀部の処置がとても気持ちいいとのこと、治療直後は少し歩きやすくなる。四度目では明らかに左下肢は右下肢よりむくみが小さくなっていたのだが、自覚的にはまだわからず歩行もしづらい。  五回目には明らかに左下肢のむくみが改善しており、右下肢についても小さくなってきていることがわかったが、肥満体ということもありまだ歩きづらいとのこと。六回目は治療開始から35日目、足首から先にはまだ強烈なむくみがあるものの下腿のむくみが驚くほど小さくなり自覚的にも足が軽くなってきた。  9回目、初診から54日目、足首までむくみは改善し皮膚の艶も出てきており、自覚的にも少し歩きやすくなってきた。昨日に大腸癌の定期検診があり鍼灸へ通ってむくみが改善していることを告げると、医者から大いに通院することを勧められた。しかし、患者から「こんなに回復する治療法を早く教えてくれなあかんがな、なんで黙ってたんや」と医者へ迫ってきたそうです。「それはお医者さんも鍼灸というものを知らないからですよ」と説明しましたが、どこでもとまではいいませんけど患者は鍼灸治療なら様々なものが改善できると信じているようです。「これは脈診をして独自の診察をしている鍼灸師でなければできないものです」と追加をしましたけど、どこまで通じているでしょうか。  現在での最終は13回目、初診から84日目。土踏まずも徐々に現れてきて歩行そのものはずっと楽になっていますがしびれが強いので、本人としてはまだまだ不安定でありしっかり治療へ通院を続けることを確認しています。


6. 結語

  6.1 結果

 現在も治療中ですが、ものすごくむくんでいるというのはリスフラン関節から先だけとなり、順調に歩きやすくなっています。治療を重ねるごとに変化が出ているというわけにはやはりなっていませんが、土踏まずがもっと現れるようになればさらに歩きやすくなるものと思われます。脈状も最初の弱々しいものから胃の気が充実しており、体格に見合ったものへとかなり変化したのでもっと力強くなることを期待しています。


  6.2感想

 こんないい方法があるならもっと早くに教えてくれなあかんがな」と、医者へ真正面から逆提案してくれるとは思ってもいませんでした。医者がどこまでこの逆提案を真剣に考えてくれるのかわかりませんし、一人の患者の訴えが医療全体を変えられるとも思えません。しかし、一般の患者さんが常に求めている医療への本当の姿だと感じます。西洋・東洋を問わず最適な方法で回復できれば患者はいいのであり、治療者もほかの医療方法を否定することなく常に最適なものを提案できる力が必要だと考えています。  ただ、現代は西洋医学があまりに細分化しすぎたために医者の話を聞いていてもほかの診療科目のことはほとんどわからない状態らしく、患者側がピンポイントで該当する診療科目を受診しなければ回り道をしてしまうことになります。これは西洋医学の守備範囲外で東洋医学へ渡した方が適切だというケースにおいては、ほとんどブロックされてしまっています。鍼灸の側もたまたま紹介されて、あるいは勇気を持って受診してくれたラッキーなケースを治療しているだけであって、守備範囲の広さをアピールしていません。その前に残念ながら技術力不足の鍼灸師の方が多すぎるのは、教育制度を含めて改善しなければならない大きな課題ではありますが・・・。脈診を含めた四診法については経験値がどうしても必要ですけど、技術力については道具を持ち替えていくことで意識も切り替えられて以前よりは近道が構築できつつあると思います。医者と直接に対話することを現在はまだできていませんが、西洋医学の中へ飛び込むのではなく対等の立場で対話していく必要性をこの症例からは強く感じています。


  6.3 付記

 今回は臀部へ邪専用ていしんを押し当てて揺らすという、邪の「排除」が治療結果へ一番影響を与えたと思われます。この臀部へのアプローチはほとんどの腰痛で用いていて、以前より回復が早くなっていますし再発防止にも役立っています。邪の処理は、今後もっと意識していかねばならないと思っています。けれど「痛いけど気持ちいい」ものでありながらも痛さを感じさせてしまうので、すべての患者へ用いるのは過剰かとも思うようになりました。ゾーン処置にしても「痛かった」と言われたケースが二つほどあり、幸いにもどちらも悪化させてしまうことはありませんでしたが邪の処理一辺倒でもだめだとも感じています。


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