心筋症の1治験
2026年3月15日
心筋症の1治験
発表:小林久志
1. 結果について
現在治療継続中。
2. 診察について
患者:72歳女性
職業:主婦
初診:2025年5月13日
◆主訴
心筋症から来ると思われる咳と息苦しさ
@現病歴:一昨年に心臓冠動脈のカテーテル手術を受ける。しかし残りの2本の冠動脈も狭窄があるが、血管が硬化して動脈の湾曲が強いため手術はせずにいる。またもともと心房細動があり、今年3月11日にアブレション手術を行った。しかし術後、風邪を引いて体調を崩す。風邪の影響か頻脈が激しくなる。血圧も下が高くなる。患者が言うには、多少は風邪の影響もあるかもしれないが、アブレション手術をしてから頻脈が起こるようになったという。そしてCT検査などして心筋が厚くなっていて心筋症と診断される。本人は心筋症と言われてから、そのことが気になり眠れないことがあるという。現在は動悸を感じることはあまりないが、夜になって寝ると咳がよく出る。息苦しさもあるという。首や肩が凝って辛い。食欲は時々食べたくないような時がある。お通じは良好。
A既往歴:子宮筋腫にて子宮摘出。骨粗鬆症。一昨年9月に左側乳がん手術。11月にカテーテルによる心臓冠動脈を広げる手術。今年3月に心房細動(不整脈)によるアブレション手術。
◆四診法
@望診:身長約160cmで中肉中背。
A聞診:少し高い感じの声。明るく優しいしゃべり方をされる。受け答えはしっかりしている。
B腹診:腹部全体はふっくらと柔らかな感じ。しかし気血津液の状態を診ると、血が滞ってうまく流れていない感じを受ける。肝の診所、軟弱で虚。心の診所だけが冷たい。
C脈診:全体的に沈、数、渋。左関上肝の脈はやや浮で虚。
3. 考察と診断
◆西洋医学や一般的医療からの情報
心筋症とは心臓の筋肉自体に異常があり、その結果心臓の働きを維持できなくなる病気の総称である。心筋症にはいくつかのタイプがあり、肥大型心筋症、拡張型心筋症、拘束型心筋症、不整脈原性右室心筋症などに分類される。またアミロイドーシスやサルコイドーシス、ファブリ病など全身の病気に伴って心筋の障害を起こす場合は二次性心筋障害とも呼ばれる。
心筋症の一部は、遺伝子異常やウイルス感染、免疫反応など原因が明らかになっている疾患群もあるが、多くは依然として原因不明のままである。軽症では無症状のことが多く、健康診断の心電図異常がきっかけとなって診断されることがよくある。進行すると心機能が低下し、動作時の息切れ、倦怠感、足のむくみ、夜に横になると咳が止まらず息苦しいなどの慢性心不全症状がみられる。また心筋症には不整脈に伴う動悸もよくみられる症状である。これらの症状は、月から年の経過で徐々に進行するのが特徴である。一方で、急激に悪化すると起坐呼吸、手足の冷感、意識障害、等の急性心不全症状を呈することがあるので注意が必要となる。
我が国に120万人いると言われる心不全患者のうち約30%は心筋症によるものとの報告もあり、その多くは拡張型心筋症と推定されている。かつては、不治の病という印象もあったが、有効な薬物療法やペースメーカなどの治療法の進歩によって、以前ほどの怖い疾患ではなくなりつつある。運動療法を中心とした心臓リハビリテーションも心不全の悪化による入院や死亡を予防することがわかっている。
◆漢方はり治療としての考察
漢方において血と関わりが深い臓としては肝や心があげられる。また漢方では筋自体は血によって養われているとされている。心筋もまた同様である。また心臓は血を全身に巡らすという働きをしていることからも血との関わりが強い造である。当然ながら心のそのものの病床としては血の変化として捉えていくのが妥当であろうと思われる。
勿論、他の病床ともにらみ合せながら総合的に診断することの重要性は言うまでも無いことである。
◆証決定
総合的に診て肝虚証として治療すべき証とした。
4. 治療経過
◆初診時の治療:2025年5月13日
@本治法:肝虚証として右の中封に衛気の補法を行う。のち豊隆に営気、左の陽谷に営気の手法を行う。
A標治法:奇経の任脈で顎を処置。のち肺腰部に散鍼ん。特に左の肩肺部の凝りに対しては適宜瀉法鍼を加える。ローラー鍼、円鍼を加えてから腹部に散鍼して初回の治療を終わる。
治療後は腹部の冷たさも改善し暖かくなる。呼吸も少し楽だとのこと。継続治療をと話す。
2回目:5月20日
少し動くとやはり息苦しさがある。時々咳も出る。また毎朝起きると首が張って後ろに反らしたい気持ちになるという。肩は巻き肩で猫背。
脉状は、やや沈、やや数、渋。前回よりは脉状は落ち着いているように感じた。
@本治法:肝虚証で中封に衛気の手法。豊隆に営気の手法を行う。
A標治法:初診時とほぼ同様に行う。
(背が丸まっているので呼吸が浅くなるから、頭を上げて肩胛骨を寄せ、できるだけ胸を広げるようにと話す。そして呼吸法を教えてみる)
6月11日(5回目)
話をしていても気弱な感じ。かなり神経質になっておられるように思えた。胸がしんどくて息がはあはあするという。腹部を触診すると心窩部が冷たい。
脉状は、やや浮、渋。証は心虚証として左の大陵穴に衛気の補法を補う。
治療後は心窩部が温まって呼吸が楽だとのことだった。
7回目から10回目
この間は主に咳が出てなんとなく風邪ぽいとのことで治療を行う。
しかし熱もなく寒気などもない。食欲もあるとのことで咳は風邪だったのか心臓からだったのか?御本人も判らないとのことだった。
7月17日(11回目)
昨日大阪関西万博に行って来た。思っていたより結構涼しくて過ごしやすかった。家族に車椅子に載せてもらい楽しく過ごした。
動悸などもほぼなく、咳もあまり出なかった。息苦しさも特に意識しなければ大丈夫だったとのこと。全体として落ち着いている感じ。
脉状はやや沈、渋。治療としては肝虚証にて行う。
8月22日(15回目)
これまで比較的調子良かったが、また咳が出だす。
病院で診察をしたら風邪だと言われ咳止めや抗生物質を出された。2日ほど飲んだが全く効き目がない。寝るとよけいに咳が出る。手も熱いという。
脉状は、やや沈、渋。証は肺病として経渠に瀉法(季節の邪)を行う。
(内熱が多く、それが肺を刺激して咳が出ていると思われる。風邪ではないので病院の薬は飲まない方がいいと話す。)
(17回目から20回目)
この間も咳が続く。咳は出ると続けて出る。布団に入って温まってくるとよけいに出る。
肺のCT検査をした。肺には異常はなかった。ただ、この時のCT検査で肝臓の表面がボコボコしていて肝硬変であることがわかった。かなりショックを受けられた様子だった。
これ以降、ストレスからか胃が痛いと時々訴えられるようになる。
10月21日(22回目)
この頃食べ過ぎてしまう。体重も増えた。検査で心不全の数値が高くなって薬が増える。少し動くと息が上がる。
脉状は、沈、渋。証は脾虚証として治療を行う。
11月10日(25回目)
胃の痛みはない。前回円皮鍼を付けてもらいそれが効いているように思うとのことだった。
心臓は時々苦しい感じがある。肩こりがあり首も張る。触ると心窪部が冷たい。
脉状は、やや浮、渋。証は心虚証として治療を行う。
11月28日(27回目)
病院での検査で心不全の値が高かく薬が半錠増えた。また病院によって多少の数値の違いがあるが、腎機能の値も60%を切ることもあったという。
12月19日(29回目)
これ以降は2ヶ月間、娘と孫の住む海外で過ごされることになった。
2026年2月21日(30回目)
海外での生活は気功も温暖で楽しくゆったり過ごせた。体調もこれと言った変化もなく咳や動機もほとんど気にならなかった。
しかし帰国してからここ数日不整脈が出る。動悸があり息苦しさがある。食欲はあるがあまり食べられない。今朝はほとんど食べていない。
帰ってきてから円皮鍼を外したら調子が悪くなったように思う。この2ヶ月間、円皮鍼が外れないように大事に着けていたという。
脉状は、やや浮、数、渋。証は肝虚証にて治療を行う。
5. 結語
現在も治療継続中である。症状の改善ということでは正直難しいところだと思う。少し良くなったと思ったらまた症状をぶり返す。その繰り返しである。
この患者は、ここ3年のうちに心臓の病以外にも乳がんの手術、また肝硬変や腎機能の衰えなど様々な病気を抱えられている。体調的には決して良い状態とは言えない。それに加えて病気に対してかなり神経質になられているところが見受けられる。それらの不安感が動悸や息苦しさを助長しているようなところもあると感じている。
ただ心筋症などの病気に対して現在はよい薬も出てきている。しかしそれでも症状を完全に抑えることはできない。患者にしてみればどのような治療でも症状が少しでも楽になればいい。それが本音であろうし、そこに漢方はり治療の力を発揮できればとも思う。
治療するとお腹が暖かくなった、呼吸が楽になった、胃の痛みが楽になったと患者の口から発せられる。そういった小さくも確 実な治療効果を出すことで患者の信頼を得ることに繋がり、今も継続して治療に来てくださっているのだと思う。それも漢方はり治療というものに巡り会えたお陰だと思っている。これからも治療をするたびに、これが最後の治療と思って、1回1回の治療を大切に取り組んで行きたい。



